国宝の茶室・如庵@愛知・犬山
2008.06.28 Sat
茶室探訪シリーズ、第三弾は愛知県犬山市にある「如庵」(じょあん)です。日本には国宝の茶室が3棟ありますが、この2週間でそのうちの2棟を見ることができました。立て続けに見れば、その違いも明確にわかるはず。如庵は毎年3月と11月の一般公開以外は原則非公開ですが、今回は伝統未来塾の授業で、数奇屋建築研究の第一人者、中村昌生さんの解説での見学です。

如庵は、1618年頃、織田信長の弟、織田有楽(うらく)が京都・建仁寺の塔頭、正伝院に造った茶室です。明治時代に東京・麻布の三井家に移築され、昭和13年には大磯の三井家別荘へ、昭和45年に名古屋鉄道の所有になった後に犬山城下へと転々と移りました。国宝に指定されたのは昭和11年のことです。

如庵は、犬山城のふもとにある名鉄犬山ホテルの敷地内にあります。名鉄・犬山遊園駅から歩いておよそ10分です。如庵とともに移築された、旧正伝院書院(重要文化財)から入ります。入口の軒が少しだけ唐破風のようになっているところが上品な印象を与えます。

旧正伝院書院の床の間に狩野山雪の障壁画が残っていました。

いよいよ如庵です。もちろん撮影禁止なので、写真は外観のみです。

茶室の内部は二畳半台目。お茶を点てる畳が台目畳。客間は実質2畳です。床柱は「杣(そま)なぐり」といって、自然で素朴で力強い印象を与えます。なぜか同じような形を真似ても、あの迫力が出ないそうです。歴史がそうさせているのでしょうか。床柱とは対照的なのが、床の間の框。黒漆でがっつりと塗り固められて、フォーマルな印象を与えます。床の間の落としがけの木は、人間の眉のように、真ん中が厚く、両脇が薄く削られています。
如庵をユニークな茶室としているのは、その空間構成にあります。
1)床の間の脇に斜めに走る壁と足下の「鱗板」
お菓子やお茶を運ぶ人の通路が確保するための空間ですが、それまで四角い空間しかなかった茶室の設計にとっては、斬新な発想で中村先生も大絶賛の創造性です。点前座の前に中柱、風炉先の板が天井から下りているのも大胆です。
2)有楽窓
お茶を点てる「点前座」の奥には、竹を詰め打ちにした「有楽窓」があって、竹の隙間から細い光と風が流れます。障子を締めると、竹の細いシルエットが映るのも素晴らしい! 全体的に待庵と比べると窓が多く、部屋全体が明るく、開放的な感じがします。
3)腰張りに暦
茶室の壁は、足下から膝の高さくらいまで「腰張り」という紙を貼ります。紺や白の無地の紙が使われるのが普通ですが、ここでは昔ながらの暦が書かれています。字が細いので、一瞬「ん?何が書いてあるんだ?」と思ってしまいましたが...

待庵のあとに、如庵を観ると、待庵のストイックで端正な魅力と、如庵の自由で伸びやかな雰囲気の対比がよくわかります。創造性といっても、先週の佐川美術館とは異なるベクトルを感じました。
中村先生は「織田有楽は、武人としての名声を得ることはできなかったが、文化人としての才能を発揮して、後世に素晴らしい財産を残した」と締めくくっていました。確かにそのとおり。千利休は「茶の湯は習いのなきを極意とす」という教えを残しているそうですが、それを織田有楽は見事に良い方向に解釈して、創造性のある空間を造りました。もっと自由に茶の湯が楽しんでいいんだよというメッセージだと思います。(そうだそうだ!)

有楽好み井筒(佐女牛井)

