誤信・迷信はこうして生まれる
2008.08.29 Fri
大半のヒトは、自分が平均以上の知能が高く、平均以上に公平であり、平均以下の偏見しか持たず、そして平均以上に車の運転がうまいと思っている。図々しいですねえ。でも、みんなそう思っています。なぜでしょう?
前回の情報分析本につづいて、今回も情報に関する本を読みました。人はなぜ迷信を信じてしまうのか、誤った情報に基づいて判断してしまうのかを、冷静に考察した本です。
「人間、この信じやすきもの」(著:T・ギロビッチ 新曜社)
まず、著者は、誤信の認知的要因について、
・何もないところに何かを見る(例:回帰の効果を過小評価してしまう)
・わずかなことからすべてを決める(例:仮説に合う情報だけを探そうとしてしまう)
・思い込みでものごとを決める(=期待や予想、先入観が新しい情報を解釈する際に影響を与える)
動機的要因については、
・自分が信じたいと望むことがらを、実際に信じてしまう
・良い話をしたいという欲求や要求が、他人に伝える情報の正確さを歪めてしまう
・社会的承認を過大視してしまう(自分自身と同じ考えを他人が持っていると過大視してしまう)
そのうえで、誤信の実例として、医学に基づかない全体論的健康法が信じられやすいことや、超能力信仰が社会に根強く残る理由などについても述べられています。
誤信の何が問題なのでしょうか? 信じたければ信じればいいのに、と思ってしまいますが、著者は「誤った推論や間違った信念を許容し続けることは、いつの間にかブレーキが聞かなくなる<危険な坂道>のようなもので、世の中を正しく見る能力をなくしてしまう危険がある。さらには、物事を批判的にみる能力をしっかりと育てておかないと、善意に基づくとは限らない多くの議論や警告に全くの無抵抗な状態となってしまう」。冷静であること、様々な角度から情報を検討すること、それに知性と健全な批判精神は大切なんですね。納得!





































