京都・期間限定公開めぐり

2008.11.15 Sat

11月第三週の週末、京都の観光シーズン最盛期です。この時期に合わせて実施された、京都御所の一般公開と、33年に一度という清水寺ご本尊特別開帳に、混雑覚悟で行ってみました。

1)清水寺御本尊御開帳
今回の御開帳は、平成12年以来、8年ぶりのことです。本来は33年に一度のはずですが、今年は西国三十三所観音霊場めぐりの中興の祖、花山法皇の一千年大遠忌にあたり、その三十三所霊場がこぞって秘仏御本尊を御開帳することになったため、9月1日〜11月30日と来年(平成21年)3月1日〜5月31日に公開されることになりました。ん、ということは次回の公開は25年後。「今行かなくて、いつ行く?」という思いが強くなります。

清水寺に至る坂道は、相変わらずの大混雑。以前に比べると、ソフトクリームを売っているお店が増えたような気がします。あとは、外国人観光客の比率が高くなっているように感じました。

さて、通常の拝観料300円を払って本堂に進むと、右手に有名な「清水の舞台」が広がります。今回御開帳された本尊は反対側。左手に進みます。特別拝観料は100円。
清水寺御本尊ご開帳


およそ3列に並んで進み、本堂の内陣に入ります。やがて二十八部衆、風神・雷神像、そして中央に、御本尊の十一面千手観音像がありました。コンパクトながら、東寺の立体曼荼羅をほうふつとさせるような立派な陣容です。どの像も一部に極彩色の痕が見られました。見物客が多くて、その威圧感を感じることはできませんでしたが、通常ならきっと迫力満点の空間なのだろうなぁ。

久しぶりにみた「清水の舞台」。やはり京都を象徴する風景のひとつですね。
清水寺本堂


2)京都御所一般公開
こちらは春と秋に行われる、恒例の一般公開です。5日間という期間の短さ、しかも参観終了時刻が午後3時半と早いので、いつでも混んでいる印象があります。建物の中には入れないので、晴れた日は絶好の参観日和となります。

京都御所一般公開1


さすが宮内庁の建物、手入れが隅々まで行き届いている感じがします。屋根もピシッと決まってます。

京都御所一般公開2


今季のテーマは「内裏(だいり) いづれの御時(おんとき)にか…」。わかりにくいタイトルですが、今年で千年紀を迎えた源氏物語に合わせたような展示がされていました。こちらはその一つ、囲碁の様子を人形で再現されたものです。
京都御所一般公開3:囲碁風景


こちらの牛車や屏風も平安王朝文化を思い起こさせてくれます。
京都御所一般公開4:牛車


京都御所一般公開5:屏風


最も格式の高い建物、紫宸殿。北京の紫禁城を思い起こさせるような威厳を感じます。
京都御所一般公開6:紫宸殿


京都御所一般公開7:紫宸殿内部


庭園も、桂離宮を思い出すような、整然とした美しさがあります。
京都御所一般公開8:御池庭


京都御所一般公開9:御内庭


一般公開ということもあり、人混みはスゴいものがありますが、手入れが行き届いているのがよくわかって、とても美しい。凛とした美しさがそこにありました。
京都御所一般公開10:桧皮葺屋根の模型

  1. 2008/11/15(土) 22:00:00|
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蒔絵の最先端@京都・清水三年坂美術館

2008.11.15 Sat

今年の京都の美術館は蒔絵が流行ではないか、と思えます。先月、京都国立博物館で「蒔絵展」を観て、その美しさと工芸技術の素晴らしさに感銘を受けたばかりですが、この日は「伝統未来塾」の授業で、清水三年坂美術館の「研ぎ出し蒔絵の印籠」展を、館長さんの解説つきで拝見することができました。

清水三年坂美術館は、清水寺と高台寺を結ぶ道沿いに、それほど目立つことなく建っています。観光客の行き来がとても激しい場所ですが、この展示を観るために訪れる人が眼につくことは、残念ながら、ほとんどありません。幕末から明治時代にかけての金工や七宝、蒔絵、京薩摩(陶器)などの工芸品を集めた美術館で、館長さんのコレクションが「これでもか」と展示されています。作品を借りることは稀にあるそうですが、貸し出すことはほとんどないそうです。恐るべき、個人コレクションです。

清水三年坂美術館


展示内容は制作過程がわかりやすいようになっていました。今回の企画展となる「研出し蒔絵」は、平蒔絵や高蒔絵の技術がさらに発展して生み出された技術です。

印籠は、もともと印鑑を入れておくための箱でしたが、やがて携帯できる薬入れへと、時の経過とともに使い途がシフトしていきました。小さな印籠に、当時の先端技術がふんだんに盛り込まれていることがわかります。絵柄は浮世絵や歌舞伎の演目を題材にしたものが多かったように思いました。こうして印籠は、裕福な町人のファッションアイテム、あるいは美術品として用いられることになりました。iPhoneよりも小さい箱に、精密な技術がぎっしりと詰め込まれています。

館長さんは、蒔絵以外にも、幕末から明治にかけての高度で繊細な工芸品を集めています。明治時代は、職人の層も、それを買い支える金持ちの層も厚くて、日本の工芸品の技術やセンスがピークを迎えた時代だというのです。もう二度とつくることができない最高の技術が凝縮された作品がたっぷりと展示されてます。

いまや蒔絵をファッションアイテムととらえる人は皆無となり、文化を学び、たしなみとして教養を豊かにしようというお金持ちも減ってしまいました。このため、職人は腕を磨く機会がありません。このような現代の社会経済環境が、蒔絵をはじめとする、日本の伝統工芸の衰退を招いていることがよくわかりました。ブランドものを買ったり、高層マンションに住んだりするよりも、教養を豊かにして、職人とかっこいい蒔絵をつくることのほうが、シャレてると思うんだけどなぁ。

  1. 2008/11/15(土) 13:00:00|
  2. 文化に触れる|
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ゴージャス食べ放題:北海道の蟹と牡蠣

2008.11.08 Sat

普通にお店でひとつ食べるだけで贅沢と言われる、北海道・仙鳳趾(せんぽうし)の牡蠣。この牡蠣と、蟹を心ゆくまでいただくという、とんでもなくゴージャスなイベントが、川崎で行われました。当日に、友人からお誘いをいただいて、参加させていただくことになりました。

まずは、釧路産ずわい蟹のむき身。解凍したり、しゃぶしゃぶにしたり、網で焼いたりしました。蟹は時がたつと小さくなっていくので、瞬間冷凍というのは、鮮度が保たれる上に、肉厚感がスゴいのです。
釧路ずわい蟹のむき身


こちらは、タラバガニ。
釧路のタラバガニ


そして、お待ちかね、仙鳳趾(せんぽうし)の牡蠣です。直送されてきたのがわかります。この量!
仙鳳趾(せんぽうし)の牡蠣1


殻にナイフを入れて割って、生にレモンをしぼっていただいたり、火であぶって、殻がパリッとわれたところを開けていただいたり。後者はとても味が濃厚でした。
仙鳳趾(せんぽうし)の牡蠣2


とにかく、いくついただいたか、記憶が飛んでしまうほどの、圧倒的な量と、質。一年分の蟹と牡蠣を食べたような感じです。川崎に行ったはずが、漁師町で食べているような錯覚を覚えました。全身から磯の香りがしてくる感覚が、1日半ほど続きました。それにしても、贅沢で幸せなひとときでした。ほとんど王様気分です。

ちなみに、これらの蟹と牡蠣は、栃木県の「佐野プレミアムイタリアン」でお取り寄せが可能だそうです。

  1. 2008/11/08(土) 19:00:00|
  2. 食道楽|
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巨大で派手な曳山にビックリ@唐津くんち

2008.11.03 Mon

毎年11月2日〜4日に行われ九州屈指の秋祭り、唐津くんち。今回の3連休の九州旅行の目玉のひとつです。巨大な曳山が町を走り抜けることで知られますが、最大の見どころは、この日に行われる「御旅所神幸」です。

唐津くんち曳山「金獅子」


唐津くんちは、唐津神社の秋の例大祭です。なぜ長崎といい、唐津といい、この秋祭りを「くんち」と呼ぶのでしょうか? 調べてみると、そもそもは重陽の節句に行われた祭りで、その日は旧暦の9月9日。「9日」→「くにち」→「くんち」という言葉の変遷をたどるのだそうです。唐津の場合は9月29日に行われていました。現在の日程になったのは、昭和43年のことです。

さて、御旅所神幸が始まるのは正午からということで、11時30分過ぎに着く快速電車で博多から向かいました。駅に着いて驚いたのは、観客の多さ。道路は人と出店でいっぱい。これでは御旅所の混雑が案じられるばかりです。駅でもらった地図を手がかりに、華やかな曳山を横目に、急ぎ足で御旅所へ向かいました。

御旅所は、案の定、観客で埋め尽くされていました。曳山の通り道だけが、がらんと空いていました。ほとんど立錐の余地がない感じです。しかし、そこは一人旅の長所を活かして、わずかな隙間と、持参したステップスツールのおかげで、なんとか見る体制ができました。

正午過ぎ、一台目の曳山「赤獅子」が御旅所に入ってきます。調子のいいお囃子に合わせて、「エンヤ!エンヤ!」と掛け声がかかります。

唐津くんち「赤獅子」御旅所神幸


重さ3トンはあるという巨大な曳山には車輪がついていて、アスファルト上ではスムーズに動きますが、御旅所は下が砂地になっていて、引き手が総力を結集しなければ、スムーズに動かないのです。スピーディーに動かなければ、車輪はズブズブと埋もれていきます。ですから、ここが引き手の腕の見せどころです。
唐津くんち「青獅子」御旅所神幸


様々な形の曳山が、次々と御旅所に入ってきます。全部で14台ありますが、これは5番目の「鯛」。
唐津くんち「鯛」御旅所神幸


ちょうど5台目くらいから、御旅所の観客の数が減ってきた気がしました。というか、規制線が変更になり、人口密度が一気に緩和されました。

曳山は、江戸時代末期(1819年)から50年の間に15台が製作されて、そのうち14台が、唐津の各地区で代々受け継がれてきました。和紙を200枚以上も張り重ねた上に漆を塗って仕上げる「一閑張り」という技法で作られています。どれも個性があって、他のお祭りと比べて、ビジュアルに訴える力が強く、個性豊かです。

「浦島太郎と亀」
唐津くんち「浦島太郎と亀」御旅所神幸


「源義経の兜」
唐津くんち「源義経の兜」御旅所神幸


「鳳凰丸」
唐津くんち「鳳凰丸」


「酒呑童子と源頼光の兜」
唐津くんち「酒呑童子と源頼光の兜」


「鯱」(しゃちほこ)
唐津くんち「鯱」


14台すべてが御旅所に入った時点で、正面奥に設けられた祭壇で神事が行われます。神輿が2台あるところを見ると、神社から神様を神輿に乗せてきているのでしょう。
唐津くんち:御旅所の祭壇


神事では、お祭りでテンションが高かった各地区の責任者もこのときばかりは神妙な面持ち。
唐津くんち:御旅所での神事


御旅所に展示されたの曳山の周りには観客が集まり、記念撮影の嵐です。
唐津くんち:休憩時間雑感


足下に注目すると、やはり車輪が砂に埋もれてます。これを動かすのは大変です。
唐津くんち:御旅所の砂に埋まる車輪


午後3時、曳山は御旅所を出発します。引き手の威勢の良い「エンヤ!」の掛け声が、町に再びこだまします。
唐津くんち:「エンヤ!」の瞬間


引き手にも力が入ります!
唐津くんち:御旅所出発1


唐津くんち:御旅所出発2


これが、御旅所の砂地から脱出する瞬間!
唐津くんち:御旅所脱出の瞬間


すべての曳山が御旅所を出たのは、午後4時30分より少し前。御旅所の砂地にはいくつもの轍が残っていました。
唐津くんち:御旅所に残る轍


唐津神社には、神輿が戻っていきました。
唐津神社:神輿の帰還


観客の多さにビックリ!他のお祭りとはスケールが違いました。いそいそと帰りの快速電車に乗り込み、博多へ向かいました。

帰りの新幹線に乗る前に、博多駅前のヨドバシカメラ4階「本陣」で「博多牛」のハラミを食べてみました。この日、お店が開店6周年を迎え、ビールがジョッキ1杯60円というキャンペーンをしていたもんで、寄ってみました。博多牛、ちょっと脂多めでしたが、ツルッと、のど元を過ぎていきました。
博多牛のハラミ

  1. 2008/11/03(月) 19:00:00|
  2. 祭り・神事|
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長崎を「さるく」(2)

2008.11.02 Sun

長崎を「さるく」旅、2日目は朝からいわゆる観光名所を巡ります。午後3時半の博多行きの特急に乗らなければいけないため、この日は午前中+アルファしか時間がありません。そこで、効率的な回り方を考え、実行に移しました。

1)大浦天主堂(午前8時30分)
国内で最も古いゴシック建築で、国宝に指定されています。
長崎・大浦天主堂


隣に資料室があります。屋根が和風で、壁と窓が洋風。時代を感じます。ここには踏み絵やキリシタン御法度の御触書など、キリシタン受難の歴史が綴られていました。
大浦天主堂の資料室


2)グラバー園(午前9時)
幕末の1863年にスコットランドから来航したトーマス・グラバーの邸宅を中心に、当時の外国人居留地の面影を残します。
グラバー園入口


トーマス・グラバーの肖像。21歳のとき、長崎開港と同時に、この地に居を構え、グラバー商会を設立しました。彼の眼に、当時の日本人はどのように映ったのでしょう?
トーマス・グラバー像


グラバー邸。日本最古の木造洋風建築で、国の重要文化財に指定されています。広くて天井が高い!
グラバー邸


見晴らしの良いところに建っています。長崎の街を一望できます。
グラバー園からの眺望


午前10時をまわり、ツアー客が押し寄せてきたので、あわてて次の場所へ移動します。

3)孔子廟(午前10時30分)
グラバー園から歩いておよそ10分で着きました。先ほどまでの洋館とはうってかわって、中国らしい空気に満ちています。
孔子廟入口


入口を入ると、有名な論語の一節が。
孔子廟入口2


中に入っていくと、立派な「儀門」。左右には狛犬。
孔子廟内部1


さらに進むと、兵馬俑のように、リアルな72賢人像が立ち並びます。
72賢人像@孔子廟


正面は、大成殿。この奥に中国歴代博物館があります。この博物館は、北京故宮博物院や中国国家博物館の所蔵品が2年ごとに入れ替えられて展示されます。清の時代の美しい陶器や茶器が展示されていました。中国らしい、華やかな陶器が印象に残りました。
大成殿@孔子廟


4)出島(午前11時50分)
今回の旅で最も「へぇ」と思ったこと...それは、出島が内陸になっていたことです。しかも、出島の周囲が埋め立てられたのは明治時代なのです。知らなかった〜、というか、ただの不勉強なんでしょうけど。いま、街をあげて出島を復原中です。
出島1


こちらが当時の出島の様子。そうそう、これが出島のイメージです。
出島のイメージ図


出島の広さは幅およそ200m、奥行70mと、学校の校庭並み。駐在するオランダ人は基本的にここから出られず、船が着くまで、この狭い場所で毎日を過ごさなければいけなかったのです。それはそれはヒマだったでしょうね。メタボになっちゃう。
出島2


こちらは出島のミニチュア。ここだけで生活するのって、息苦しいだろうなあ。
出島のミニチュア


建物の内側は、当時の輸出品が展示されていたり、駐在していたオランダ人の部屋が再現されていたりしました。写真は、オランダ商館長(カピタン、つまりキャプテン)の部屋で、クリスマスパーティーをしたときの状況を再現したものです。江戸時代は、外国人と言えどもキリスト教禁止。ですので、冬至のパーティーと大義名分を変えて、実現したそうです。
出島:カピタン部屋


それにしても、周りが埋め立てられちゃったのは残念だなぁ。江戸時代唯一の海外との接点だし、様々なドラマがあっただろうに。おそらく明治時代のヒトには、出島を残すことは日本の後進性の現れだと思われてしまったのでしょう。もったいない。

5)原爆資料館と平和公園(午後1時)
長崎に来たからには行っておきたい、原爆資料館。1945年8月9日午前11時02分、この時間で止まった柱時計、高熱のためにガラスと一体化した手の骨、頭蓋骨の付着した鉄兜...衝撃的です。広島の原爆資料館では、吉永小百合さんの音声ガイドに胸が一杯になりましたが、長崎の資料館はよりコンパクトで具体的な展示が印象が残りました。

つづいて、平和公園に。歩いて10分余りです。有名な平和祈念像です。高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に広げた左手は平和を意味しているのだそうです。眼は軽く閉じて、犠牲者の冥福を祈っています。厳粛な空気が辺りを包みます。
長崎・平和祈年像



こうして一気に長崎の名所をまわってみると、江戸時代から太平洋戦争終戦までに、日本が直面した様々な変化・出来事のエッセンスがこの街に凝縮されていることがわかります。そういうユニークな歴史を、ぜひ今後に残していってもらいたい、と思いながら、原爆資料館の正面にある宝来軒別館で、名物のチャンポン...ではなくて、地元の人たちに人気の「とり皿うどん」を食べました。ほどよい塩加減で、飽きのこないおいしさでした。
とり皿うどん@宝来軒別館


  1. 2008/11/02(日) 22:00:00|
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